大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(ネ)3210号 判決

控訴人 東京信用保証協会

右代表者理事 貫洞哲夫

右訴訟代理人弁護士 成冨安信

同 青木俊文

同 田中等

同 高橋英一

同 高見之雄

同 小島俊明

同 長尾亮

同 清水修

同 梶原則子

同 上松正明

同 川内律子

被控訴人 破産者甲野太郎破産管財人 佐藤正俊

〈ほか一名〉

主文

原判決を取り消す。

控訴人が、破産者甲野太郎に対し、東京地方裁判所昭和六三年(フ)第五七三号破産事件につき、連帯保証債務履行請求債権金三八七万四八九円(別紙目録に記載)及びこれに対する昭和六三年一一月五日から完済に至るまで年一割四分の割合による遅延損害金債権の各破産債権を有することを確定する。

控訴人が、破産者甲野花子に対し、東京地方裁判所昭和六三年(フ)第五七四号破産事件につき、連帯保証債務履行請求債権金三八七万四八九円(別紙目録に記載)及びこれに対する昭和六三年一一月五日から完済に至るまで年一割四分の割合による遅延損害金債権の各破産債権を有することを確定する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示(原判決書の「事実及び理由」中「第二事案の概要」に記載)のとおりであり、証拠の関係は、本件記録中の証拠目録(原審・当審)記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。

1  原判決書三枚目表一行目の「五号」の次に「に」を、同五行目の「借り受けた」の次に「(以下「本件融資」あるいは「本件借受金」ということがある。)」を、同裏一〇行目の「約定した」の次に「(以下「本件信用保証委託契約」ということがある。)」を、同四枚目表三行目の「連帯保証する」の次に「(以下「本件連帯保証契約」という。)」をそれぞれ加える。

2  原判決書四枚目表六行目の「仮受金債務」を「借受金債務」と改め、同裏三ないし四行目の「破産債権」の次に「(別紙目録に記載)」を加える。

3  原判決書五枚目裏三行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(六) 甲野太郎及び甲野花子(以下「甲野夫婦」ということがある。)は、それぞれ、昭和五一年四月一〇日及び同五四年三月二六日に芝信金に対して、融資等一切の金融取引につき連帯保証しており、乙山工業に債務不履行があれば、右連帯保証契約に基づき本件借受金を弁済しなければならない義務を負っていた。したがって、乙山工業の芝信金に対する本件借受金につき本件信用保証契約に基づき代位弁済した控訴人は、弁済者代位により債権者である芝信金が有していた債務者乙山工業に対する地位を担保・保証に関する権利一切を含めて法律上当然に代位取得するから、甲野夫婦が控訴人に対し本件連帯保証をしたかどうかにかかわりなく甲野夫婦に対して本件と同様の義務の履行を請求することができるのであって、昭和六三年六月にした甲野夫婦の控訴人に対する本件連帯保証契約は、確認的、重畳的なものにすぎない。つまり本件連帯保証契約は、新規に義務を創設したものではなく(甲野夫婦がそれまで負っていなかった負債を新たに負うことになるものではない。)、破産財団を減少させる行為ではないから、無償否認の対象とならない。また、右の事実からすると、否認権との関係では、本件連帯保証の基準時は、それぞれ昭和五一年及び五四年とみるべきであるから、「支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタル後又ハ其ノ前六月内」(破産法七二条五号)の要件を欠く。

(七) 本件の貸付は、東京都中小企業短期事業資金融資(いわゆる「」)として行われたが、この制度融資を利用するためには、制度上当然に、主債務者である会社の代表者が連帯保証人になることが義務づけられている。このように、という制度融資においては、法形式的には、主債務者=会社と連帯保証人=代表者という別々の法人格であるが、実質的には、会社と代表者とは同一の法人格なのであり、金融機関としては、会社だけでなく、代表者も主債務者として融資しているのが実体であるから、本件においては、甲野夫婦を単なる連帯保証人とみるべきではなく、本件連帯保証履行請求権は無償否認の対象とはならない。」

理由

一  本件の唯一の争点は、本件連帯保証契約が破産法七二条五号の無償行為に該当して否認されるべきものであるか否かである。

1  《証拠省略》によれば、乙山工業は、昭和五一年四月一〇日、芝信金との間で手形貸付、手形割引、証書貸付等一切の取引に関して信用金庫取引約定をしたこと(昭和五二年一二月二九日に一部条項変更)、甲野太郎は昭和五一年四月一〇日、甲野花子は昭和五四年三月二六日に、それぞれ右約定に基づき乙山工業が芝信金に対して現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証したこと、本件融資は右信用金庫取引の一つとして行われたことがそれぞれ認められる。

右事実によれば、甲野夫婦は、乙山工業が本件借受金を返済しないときは、右連帯保証契約に基づき、連帯保証人として、芝信金に対し右債務を返済する義務を負っていたことになる(甲野夫婦の右債務は、期限の定めのない包括的は連帯保証債務ではあるが、後記認定の乙山工業と甲野夫婦との関係からすると、信義則上責任額を制限すべき場合には当たらないものというべきである。)。

また、控訴人は、乙山工業の委託により本件借受金債務につき信用保証をし、同社が右債務を弁済しないため、芝信金の請求により本件借受金残金を代位弁済したものであるから、本件連帯保証契約の有無にかかわりなく、法律上当然に芝信金が乙山工業に対して有していた債権(保証人である甲野夫婦に対する権利を含む。)を行使することができたものである(控訴人の負担部分は、特約がない場合でも、信用保証契約の性質上、零であると考えられる。)。

2  破産法七二条以下の否認権の制度は、破産に瀕した債務者は、往々にして、事業や生活上の資金調達のため、その財産を廉売して責任財産を減少させたり、第三者または特定の債権者の利益を図るためにその財産を譲渡して債権者平等の原則に反する結果を招来させる等、一般債権者を害する行為をすることがあるため、一定の類型的要件のもとにこれらの行為の効力を否定し、いったん責任財産から失われた財産を破産財団に回復させることによって破産債権者に対する公平な配当を可能ならしめることを目的として設けられたものである。

したがって、一般には、破産者が義務なくして他人のためにした保証もしくは抵当権設定等の担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接の動機となっている場合であっても、破産者がその対価として経済的利益を受けていない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たるものと解され(最高裁判所昭和五八年(ネ)第七三四号、同六二年七月三日第二小法廷判決・民集四一巻五号一〇六八頁、同昭和五八年(ネ)第七三五号、同六二年七月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号三六九頁)、この限りで被控訴人の主張は一般論としてはもっともである。しかしながら、前記の否認権制度の趣旨からすれば、同条により否認される行為は、これによって破産財団を減少させ、一般債権者を害するものに限られる(いわゆる「有害性の要件」)べきこともまた当然である。

3  本件についてこれをみると、甲野夫婦は、本件連帯保証契約を締結したかどうかにかかわりなく、乙山工業の芝信金に対する信用金庫取引上の債務を包括的に連帯保証していたことにより、乙山工業の本件借受金債務を芝信金に対して支払うべき義務があったのであるから、本件連帯保証契約をしたことにより従前以上の負担を負うことになったわけではない(乙山工業が本件信用保証契約をしたことにより新しい債権者が出現したことにはなるが、本件連帯保証契約をしたことによって破産財団が減少したことになるのではない。なお、遅延損害金の点を見ても、本件借受金債務は年一八・二五パーセントであるのに対し、本件信用保証債務は年一四パーセントであり、本件連帯保証契約により態様が重くなったということもない〔もっとも、本件信用保証債務においては、控訴人が代位弁済した金額に対し遅延損害金が付くので、事案によっては結果としてかえって債務が増額されることがありえないではないが、《証拠省略》によれば、本件においては、控訴人のした代位弁済金のうち、利息部分は六一七六円にすぎないことが認められる。〕)。控訴人は、本件連帯保証契約がなかったとしても、信用保証受託者として乙山工業の本件借受金債務を代位弁済したことにより、芝信金の乙山工業に対する債権を甲野夫婦に対する保証債務履行請求権を含めて求償権の範囲で法律上当然に行使しうるものであるから、甲野夫婦が本件連帯保証契約をしたことにより一般債権者が害され、破産財団が害されたものとはいえない理である。

以上のとおり、本件連帯保証契約により破産財団が害されたものとはいえないから、本件連帯保証契約は「有害性」の要件を欠き、破産法七二条五号により否認することは許されないものというべきである。

二  以上に判示したところにより本件においては被控訴人の否認権の行使は理由がないと判断するが、本件の論点をめぐっては多くの議論があるので、念のため別の観点からする判断を加えておく。すなわち、本件連帯保証契約は、破産法七二条五号にいう「無償行為及之ト同視スヘキ有償行為」に当たらないものと解することもできる。その理由は、次のとおりである。

1  《証拠省略》並びに前記争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

甲野太郎は、昭和三五年三月に防水工事の請負を業とする乙山工務店を創業し、翌年六月に乙山工業有限会社を設立してその代表取締役に就任した。昭和三八年九月に同社は株式会社に組織変更されたが、甲野太郎は同社倒産に至るまで代表取締役の地位にあった。甲野花子は、昭和三五年一一月甲野太郎と婚姻し、以後同人の経営する右事業の経理を中心とする事務を手伝い昭和五九年以前から乙山工業の取締役の地位にあった。乙山工業の発行済株式は二〇〇〇株であるが、甲野太郎が一六〇〇株、甲野花子が四〇〇株と両名で全株式を所有しており、乙山工業の従業員は甲野夫婦の娘を含めて五名程度いたが、会社の実権はもっぱら甲野夫婦が握っていた。乙山工業は昭和五八年一〇月受取手形が不渡りになったことから資金繰りに苦労するようになり、取引先との間で融通手形を交換して急場をしのいでいたが、その取引先も倒産したために経営状況が著しく悪化していたところ、昭和六三年六月に至り、融通手形を交換していた取引先がまた倒産したこと等のため、資金繰りがつかなくなり、同年七月二五日手形不渡りを出すに至った。当時、乙山工業は、従業員の夏期賞与と運転資金が不足したため、本件借入金を必要とするに至ったが、一億一〇〇〇万円以上の受注残高があり、資金繰りを依頼していた高徳なる会社も全面的支援を約束していたので、甲野太郎としても、乙山工業の倒産は避けられるものと考えていたし、芝信金も、昭和六三年六月、乙山工業から運転資金として四〇〇万円の融資依頼を受けた際には、同社のこれまでの実績から判断して返済可能と判断し(実際、乙山工業は、それまでも同金庫他から多数回の借入及び返済を繰り返していた。)、同社への融資を実行した。乙山工業は、右融資金の約半分を甲野花子及び甲野夫婦の娘を含む従業員に対する夏期手当の支払いに充て、残りを手形決済資金に使った(なお、同年七月当時甲野太郎の報酬は月額四〇万円、甲野花子は月額二五万円、甲野夫婦の娘の給料は月額一〇万円であったが、同年二月ころからは、乙山工業の資金繰りが苦しくなったため、甲野太郎はその報酬を定期的には受領しておらず、甲野夫婦は、甲野花子の報酬及び同居していた娘の給料並びに資金繰りがついたときに月遅れで受け取っていた甲野太郎の報酬で生計を立てていた。)。同年七月二五日に、資金繰りを依頼していた高徳から甲野太郎に対し、一時家を明け、その間に債権者と話し合いをしてはどうかとの申出があったので、甲野太郎はこれに従い自宅と乙山工業の事務所から退去して姿を隠したところ、暴力団が乙山工業の事務所や甲野太郎の自宅を占拠するなどしたために、乙山工業は再建の手段を失い、倒産してしまった。乙山工業の倒産時の負債総額は約三億円に上り、甲野夫婦も、乙山工業に融資する金融機関等が同夫婦の信用を中心に取引していたことから、同社のほとんどの債務につき個人保証しており、ほぼ同額の債務を負っていた。乙山工業の資産は売掛金債権約六〇〇万円のほかは、自動車三台、ワープロ、コピー機等しかなく、他にこれといった資産もなかった(事務所も甲野夫婦共有の自宅建物を使っていた。)。

2  右事実によれば、乙山工業は、甲野夫婦が全株式を所有し、甲野太郎が代表取締役、甲野花子が取締役として実権を握っていた同族会社であり、従業員も甲野夫婦の娘を含めて五名程度にすぎず、会社自体としてはこれといった見るべき資産もなく(事務所も甲野夫婦共有の自宅建物を使用していた。)、金融機関等も甲野夫婦の信用を中心に取引していたと認められるのであって、法形式上は株式会社となっているがその実体は甲野夫婦個人の営業と同視しうる程度のものでしかなかったものと認めることができる。このような実体を直視すれば、乙山工業に対する本件融資は、乙山工業の経営の継続を可能ならしめることにより、実質的に甲野夫婦の生計を維持し同夫婦が負う乙山工業の保証債務の履行を避けるのに役立つ融資であったと認めることができ、本件借受金の一部は現に甲野花子の報酬及び同居している甲野夫婦の娘の給料の支払いに充てられて甲野夫婦の生計の維持のため使われたものであるから、本件借受金は、甲野夫婦に直接経済的利益を与えたものとみて差支えない。そうすると、これは、本件連帯保証契約の対価と評価することができる。実質的にみても、甲野夫婦の本件連帯保証があってはじめて乙山工業の本件借受が可能となったことは明らかであり(控訴人の本件信用保証契約がなければ、芝信金もたやすく融資に応じなかったであろうことは見やすい道理である。そして《証拠省略》によれば、本件のような東京都中小企業制度融資においては、控訴人による信用保証契約をしてもらうには法人の代表者が求償債務の履行につき保証人となることが制度上要求されていることが認められる。)、甲野太郎の意図したとおり本件借受をすることにより危機を乗り越えることができれば、甲野夫婦個人に対する債権者にも多大の利益を与えたはずなのであって、本件の融資は、乙山工業、ひいては甲野夫婦に立直りの機会を与え、甲野夫婦の財産(破産財団)の保全に寄与したものであるから、たまたま再建が成功しなかったからといって(本件においては、甲野太郎が高徳に騙されたのが倒産の大きな原因であったと見られる。)、本件連帯保証契約が無償行為であるとして否認されることとなるのは、債権者間の公平の見地からも相当ではないものというべきである(特に、本件においては、甲野夫婦は乙山工業のほとんどの債務につき連帯保証しており、乙山工業の債権者と破産債権者はほぼ重なり合うので、本来、本件連帯保証契約は、これにより本件融資を可能ならしめることにより、これらすべての債権者に利益を与えたはずである。にもかかわらず否認権の行使が認められるなら、一人、控訴人のみが否認権を行使されて不利益を受ける結果となってしまうのであって、公平に反することは明らかである。)。

3  以上によれば、本件連帯保証契約は、「無償行為及之ト同視スヘキ有償行為」とはいえず、破産法七二条五号により否認されるいわれはないものというべきである。

三  以上の次第で、本件連帯保証契約は、破産法七二条五号により否認することは許されないので、控訴人の本件請求は、すべて理由があることとなる。

よって、これらを棄却した原判決は相当でないから、これを取り消して控訴人の請求をすべて認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 滿田明彦 亀川清長)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例